奥州街道・白河城下→女石の追分     [MENU]へ戻る

R294と重なった街道を北上する。

山間の道を越え、R289を横断すると

いよいよ白河城下が近づく。

正面の稲荷山を迂回して

ルートは東(右)に迂回している。

 

 

稲荷山は戊辰戦争で激戦地となった所である。

その為、この地点には史跡が集中している。

右には長州、石垣両藩士の墓が、

左には会津藩士の墓がある。

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石碑のあるカーブを曲がるとすぐにT字路がある。

右は南湖公園に向かう旧K289。

左に曲がるのが街道で、すぐに九番町に入る。

そこに大木戸があり、ここから白河城下に入った。

戊辰戦争時この大木戸には、捕らえられた

西軍兵士の首級が並べられという。

 

 

ここから先は白河の市街地を

R294に沿って進むだけである。

途中に古い屋敷や蔵などが見られる位で、

面白味はない。

よって割愛します。

 

 

 

さて、市街地を抜け現在地はここ

交差点の手前が横町、向こうが田町である。

田町の北端に大木戸があり、

奥州道や会津からの入り口になっていた。

大木戸の北には阿武隈川が流れ、

天然の要害になっていた。

田町大橋を渡ると向寺町に入る。

 

向寺町の北端から、道は上り坂になる。

向寺の坂」と呼ばれていたが、

現在は掘下げられて切り通しになっている。

右の階段を上ると地蔵や石碑があるが、

そこが当時の街道の路面である。

現在より12、3m程上を通っていたのだ。

 

 

向寺の坂を越え、下ってゆくと分岐がある。

奥州街道は右。

左は会津へ通じる道で、当サイトでは白河街道として紹介している。

 

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