国道118号線・旧道 鳳坂峠9 (天栄村) 2005.04  [TOP]  [寄り道]  [廃道Web]

 

  前回までは、峠の西側をレポしたが、東側にも廃道があるのでこれを紹介する。

 

連続するカーブをクリアしながら、えっちらおっちらと坂を登る。

旧道を意識しながら周囲を観察していると、今まで気付かなかった遺構が見えてくる。

 

 ←おそらくこの辺り

 

 

 

 

法面にしては位置的におかしいし、その規模も中途半端な石垣だが、

「旧道の擁壁なのでは?」という目で見ると急に視界が開け、輝いて見えてくる。

石垣の上部は道だったのではないか、という仮設を立てて観察してみる。

 

 

 

 

                     

離れて見るとその仮設が正しかったことが確認できる。

推定に過ぎないが旧道のルートを書き込んでみた。

かなり凶悪な連続ヘアピンだったのだ。

昭和28年発行の地形図「長沼」にもこのヘアピンの記載はない。

既に旧道化していたのか、あるいは省略されたのか。

 

 

 

用途不明の広い路肩は旧道の痕跡であろう。

なんとか二車線あるように見える。

 

 

 

 

 

 

現道から旧道に入り坂を上ると、

すぐに第二のヘアピンにがある。

この部分は崩落が進み、道床がほとんど埋もれている。

ヘアピン部の崩落面を写す。

 

 

 

 

 

 

崩れ易い崩落面を上り、ヘアピン部を見渡す。

かつての険悪な線形が明らかになってきた。

この勾配とカーブの半径は凄まじい。

大型車は切り返さないと曲がれなかったであろう。

 

 

 

 

二つのヘアピンを通過した後は、緩やかな上り勾配の直線になっている。

岩肌むき出しの法面がそのまま残っている。

 

 

 

 

 

 

旧道は現道に削られ、次第に狭くなる。

 

 

 

 

 

 

 

その先で旧道は、かつての法面だけを残して消えてしまう。

正確には人ひとりが通れる程度の幅が残されていたようだが、

今では落石に埋もれ通行できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ場所を現国道から見上げる。

すでに道は失われているのにその法面だけが残存しているという不思議な光景が見られる。

 

 

 

 

 

 

その僅かな痕跡もここで消える。

近代的な施工の法面に飲み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

当初からここに道を通さなかったのはなぜだろうか。

来るべき峠の難所に備えて、少しでも高度を稼いでおきたかったのかも知れない。

 

 

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