猪苗代町立吾妻第二小学校沼尻分室 (福島県)   2015.01作成   [TOP]  [寄り道]  [分校・廃校一覧]

 猪苗代町立元山小中学校


  ある日、知人より「沼尻鉱山にあった学校の位置が分からない」との質問があったので、手持ちの資料を送った。
  その後、改めて調べてみたところ、2校を混同していたことに気が付き、訂正すると共に、自分でも脳内をリセットする必要が生じた。
  以下に整理しつつ記す。
   

        沼尻   元山
  明治45年 (1912)   日本硫黄により私立沼尻小学校創設    
  大正元年 (1912)   私立沼尻鉱山尋常小学校に改称    
  大正9年 (1920)       元山分教場を設置
  昭和16年 (1941)   吾妻村立沼尻国民学校に改称   吾妻村立沼尻国民学校元山分教場に改称
             
  昭和22年 (1947)   吾妻村立沼尻小学校に改称   吾妻村沼尻小学校元山分教場に改称
          吾妻第二中学校元山分教場を併設
  昭和23年 (1948)   住宅火災が発生し、校舎が類焼    
  昭和27年 (1952)       新校舎が落成
  昭和28年 (1953)       元山小学校・元山中学校として独立
  昭和30年 (1955)   猪苗代町立沼尻小学校に改称   猪苗代町立元山小学校・元山中学校に改称
  昭和34年 (1959)   吾妻第二小学校に統合し、沼尻分室となる    
  昭和36年 (1961)   廃校    
  昭和43年 (1968)       閉山に伴い元山小中学校を廃止
             
   
  沼尻小の分校として数年遅れて誕生した元山小はやがて独立し、
  本校が廃止となった後も存続され、結局は鉱山が廃業するまで残った。
  児童たちはどこに転校して行ったのだろうか・・・。
   

<沼尻小学校>

撮影年は不明。

沼尻小で行われた運動会の様子。

校舎も大きく、生徒数もそれなりに多かったようだ。

昭和33年時の児童数は115名との記録がある。

校舎の背後には荒々しいズリ山が見える。

「沼尻の思い出」より転載

 

昭和39年(1964)に撮影された沼尻精錬所の様子。

左上を斜めに横切るのが国道115号

上部を蛇行してるのが安達太良山の沼ノ平を源流とする硫黄川である。

中央に工場や鉱山住宅群が固まり、その南北には巨大なズリ山が聳える。

住宅街の西端に見える広い校庭が沼尻小である。

「国土地理院」より転載

 

昭和51年(1976)撮影のカラー写真。

鉱山は昭和43年に閉山となっており、既にほとんどの建物が撤去されている。

茶色い校庭跡くらいはなんとか判別できようか。

大量に残されたズリだけが、鉱山跡であることを物語る。

 

「国土地理院」より転載

 

そして現在。 一応言っておくが、同じ場所である。

「ボナリ高原ゴルフクラブ」のコースが広がっている。

硫黄川沿いにズリが残る程度で、学校跡も分からなくなってしまった。

「Yahoo地図」より転載

 

  日本硫黄の倒産後、その資産は労組の管理となり、元従業員らは沼尻観光を設立した。
  同社は沼尻スキー場や沼尻温泉の源泉管理、湯ノ花採取などをしていたが、
  そのうちスキー場は2013年1月にマックアースグループ(本社・兵庫県)へ売却されている。
  同グループは県内を始め全国各地にスキー場やリゾートホテルなどを所有しているが、
  このゴルフ場は別会社による開発のようである。 (全く無関係ではない模様)
   

<元山小中学校>

やはり撮影年は不明。

L字型の校舎と広い校庭が見える。

昭和33年時の児童生徒数は135名との記録がある。

手前の索道は生活物資運搬用に設置されたもの。

「沼尻の思い出」より転載

   
昭和39年(1964)に撮影された元山採鉱所の様子。

右下、硫黄川沿いの建物群が採鉱所で、坑口もこの辺りにあった。

鉱山住宅は北岸の高台にあり、学校もここにあった。

中央に、特徴的なL字型の校舎と広い校庭が見える。

鉱山住宅は"跡"の方が割り合いが多い。

周囲には森林がなく、吹きさらしだった様子が伺える。

過去、精錬のための薪として、全て伐採してしまったのだろう。

「国土地理院」より転載

 

昭和51年(1976)撮影のカラー写真。

鉱山は昭和43年に閉山となっており、既にほとんどの建物が撤去されている。

しかし廃校となって8年経つのに校舎だけは残されており、そこに至る通勤路も鮮明だ。

山荘とか避難小屋にでも流用され、管理されていたのだろうか?

 

しかし現在は撤去され、更地になっている。

「国土地理院」より転載

 

位置は白糸の滝のちょうど北側である。

1220mの標高点があり、点線の旧通勤路も記されている。

こんな凄い場所に集落があり、学校があったんだな・・・。

 

ちなみに、白糸の滝展望台からでは手前の稜線の陰になって学校跡は見えない。

「国土地理院」より転載

 


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