好間汽力発電所 (いわき市好間町)   2005.07/2007.02    [TOP]  [寄り道]  [廃電Web]  [発電所リスト]

 

明治37年(1904)   好間炭鉱、採炭開始
明治38年(1905)   平駅(現いわき駅)まで馬車軌道を敷設
明治41年(1908)   平駅までの軌道を廃し、綴駅(現内郷駅)まで好間炭鉱専用鉄道を敷設
大正4年(1915)   古河鉱業が買収
大正5年(1916)5月   専用発電所建設に着工
大正6年(1917)9月   古河好間炭鉱・好間汽力発電所が完成
    ・商品にならない石炭を利用して炭鉱の排水、換気、巻揚用の電力を供給
・当初、炭坑からは索道にて石炭を運び込んでいた
昭和19年(1944)   老朽化した一部設備を更新
昭和36年(1961)   出力12000KWの発電所が完成
    ・石炭運搬用の引込線が敷設される
昭和44年(1969)   好間炭坑閉山
    ・売電のため発電所は存続。綴駅から専用線を使って石炭を搬入していた。「逆流」である
・その後、燃料を石炭から重油に切り替えて操業
昭和47年(1972)   内郷駅の貨物取り扱い廃止に伴い専用線も廃止
昭和49年(1974)   発電所の操業を停止
     
   

出典 小宅幸一著 「常磐地方の鉱山鉄道」
「よしま ふるさとの歴史写真集」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   (国土情報ウェブマッピングシステムより転用)S55


好間炭鉱専用鉄道の踏み切り跡から、

好間川越しに好間汽力発電所を望む。

 

鉄道は好間川橋梁を渡り、対岸に達していた。

 

 

 

 

好間川橋梁の西側、線路の南側に発電所があった。

現在は使われていないのか建物内部に灯りはなく、

人の気配もしない。

 

左の大きな建物は古河電子のいわき工場で、

炭鉱と同じく古河財閥系の企業が今でも所有しているようだ。

 

壁には送電線を通す穴が多数開いている。

鉱山とは反対方向に向いていると言うことは、

閉山後に発電所だけ存続された際の改良だろうか。

 

 

 

 

 

反対側に回る。

航空写真を見ると、この辺りには丸いものがいくつも写っている。

末期に使用された重油用のタンクだろうか。

巨大な煙突共々、現在は何も残っていない。

 

 

 


「よしま ふるさとの歴史写真集」より現役時の写真を引用させて頂く。

昭和55年(1980)の航空写真を見ると煙突は2本に見えるが、

これには3本写っている。

先に撤去されたのだろうか。

 

右下には専用鉄道と好間川橋梁が写っている。

 

発電所の近景。

外壁の模様が特殊だ。

爆撃対策として迷彩塗装でもされたのだろうか。

でもビル模様の都市迷彩って最近だよな・・・。

 

 

 

「昭和19年代」と解説のあるこの写真には煙突が1本しかない。

昭和36年に実施された改良工事の際に3本になったのかも知れない。

この煙突は老朽化していたため、真っ先に撤去されたのだろう。

 

低い石垣の前を専用鉄道が通っているのが見える。

「好間炭鉱専用鉄道」はこちら

 


参考までに都市迷彩の例。

市街地戦用のレオパルド2に施された迷彩。

 

 

 

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