城下町特有の枡形が見えてくる。
この辺りに新町・南の木戸があった。
木戸を抜けると、棚倉宿・北町に入る。
この先、道はもう一度鉤形に曲がっている。
そこに古町・北の木戸があった。
枡形がある。ここに古町・南の木戸があった。
ここまでが棚倉宿である。
木戸を抜けると、鉄砲町に入る。
左は明治14年(1881年)にできた新道で、
街道は右の細い坂道である。
この坂を石無坂という。
これも枡形なのかもしれない。
ここから道は狭くなり、一車線になってしまう。
「車両通行止」などの標識は見当たらない。
コンクリート舗装されているが、
この曲がり具合といい、細さといい、
当時を彷彿とさせてくれる。
車もなんとか通れそうだ(私は行きませんが)
合流点は更に狭くなっていて、
もう軽自動車でも無理。
この合流点も当時は枡形になっていたらしい。
下町から南は水田地帯であったが、
現在は郊外型大型店などが建ち並んでいる。
右に衣料品店が見えてくる。
古びた杭があり「一里塚跡」とある。
下町の一里塚の跡地である。
標柱があるだけまだまし、と考えるべきか。