途中に茅葺屋根の民家が一軒だけあった。
だいぶ痛んでいるようだが現役である。
ここにガードレールの切れ目がある。
これこそ水戸街道の貴重な生き残り部分なのだ。
どの位いるのだろうか。 ちなみに、
棚倉町の公式サイトには、一里塚どころか
町内の文化財を紹介するページすら無い。
街道は右にカーブしていた。
街道は耕地化されてしまっていた。
街道の天敵、圃場整備というヤツだ。
彼方にR118の青看が見えている。
街道はあの辺りに繋がっていたのだろうか。
国道はここで左に進み久慈川を越えているが、
街道はここで右折し、川に沿って南下していた。
このスロープは仮設のようだ。
街道もどこを通っていたか判然としない。