やがて行く手を山に塞がれる。
正面に見える鞍部が難所の黒森峠である。
今年、地元の念願であったトンネルが開通して
楽に越えられるようになった。
街道は坑口の真上付近で旧道から外れ、
左上に見える鞍部に向って直登していた。
下から見ると、どうってことない傾斜に見えるが。
[2007.07 加筆]
なるほど、これは「難所」だ。
街道は、画像左側を真っ直ぐ上っていた。
冬場には縄を設置して、旅人を補助としたと言う程の
急坂であった。
舗装道になってからも、冬期のバスは運休していたとのこと。
[2007.07 加筆]
黒森峠の巨大切り通しである。
街道もここを通っていた為、もはや痕跡は無いが、
二人並んで歩けない程の狭い道であった。
明治期の切り通し工事は困難を極め、
相当な死傷者が出た、とのことである。
[2007.07 加筆]
高坂の一里塚がある。
国道化した街道であるが、
奇跡的に一対共残存している。
しかし、崩落が進み随分小さくなってしまっている。
ここを左に入って堰場の集落に入る。
画像右側を流れる原川に堰を作り、
ここに堰番を置いたため、この名になった。
各所から集められたものと思われる。
街道は直進していたと思われる。
この先、街道は圃場整備の為消えているが、
やがて国道に合流していたはずだ。