磐越西線・キャッチサイディング2 (磐梯町) 2005.07  [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]

 

キャッチサイディング」でググっても、僅か7件しかヒットしない。
超マイナーなネタなんだねー。
しかし1位はなんと「
鉄廃」だ! (2005/07/13現在)
ううむ・・・テツハイおそるべし。

[2006.04 追記]
テツハイの1位に揺るぎはないが、
googleのヒット数が16件に増えている。

 

 

 

 

民家の裏手には畑が広がっていた。

道床の形をした、細長い畑は無いものかと

探してみたが、徒労に終わった。

完全に鋤き込まれてしまったようだ。

軌道は赤い矢印のように通っていたと思われる。

奥に見える宅地と、この畑地との間には

川が流れている。 川には当然、橋があったはず。

 

畑を迂回して川を探す。

川はすぐに見つかった。 流木川という。

画像右側が先ほどの畑地である。

川に沿って東へ進む。

ラッキーなことに、除草直後のようだ。

橋は、、、せめて橋の痕跡は残っていないものか。

廃道探索で最もドキドキする瞬間である。

              

あった!

それはあっけなく簡単に見つかった。

川の対岸に橋台が残っていた。

片方は完全に撤去され、痕跡すらない。

Web初公開の優良物件だ。

 

 

B地点

昭和5年(1930)頃に竣功された橋。

仮に、流木川橋梁と呼ぼう。

川幅は30cm程しかなく、暗渠でもよかったのではないか

とも思えるが、きちんと立派な橋が架けられていたらしい。

小さいながら、時代を感じさせる重厚な石積みの橋台だ。

再訪して良かったよ(感涙)

 

 

 

河床に下りて更に観察する。

単線とはいえ、この狭さはなんだろうか。

林鉄の橋台でももっと立派だぞ。

キャッチサイディングという特殊な用途の路線なので、

最小限の資材と強度しか与えられてないのだろう。

上部は表面の石が剥がれ落ちてしまったようだ。

中段も痛みが激しい。

 

 

 

橋台跡から軌道のあった方向を望む。

軌道跡は整地され、新しい住宅が建ち並んでいる。

痕跡を探せるような状態ではない。

大幅に迂回してC地点まで進む。

 

 

 

 

C地点

K64との交差点から東側に、道床は再び現れる。

水田の中を真っ直ぐ伸びる作業道が、

かつての軌道跡である。

[2006.04 追記]
昭和51年撮影の
航空写真に、この小道は写っていないので
作業道=廃線跡ではないようだ。

 

ここに至っても軌道は、緩やかではあるが

まだ上り勾配を継続している。

舗装道を横切って更に進む。

 

 

 

 

 

この辺りから軌道はやっと水平になる。

実際には使用されなかったとはいえ、

試験車両くらいは通過したであろう。

 

 

 

 

 

D地点

キャッチサイディングの終点は定かではないが、

この急カーブの手前あたりではないだろうか。

遠くの丘を磐越西線が通っている。

 

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