沼尻鉄道の保存車両 (猪苗代町)   2006.11        [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]

 

猪苗代町振興公社の施設「緑の村」へ行く。

駐車場入り口にある蕎麦屋「駅舎亭」は、

磐越西線・翁島駅の旧駅舎を昭和62年(1987)に移転、

再利用したものである。

旧駅舎には皇族が利用するための貴賓室が設けられていた。

(近くに皇族の別荘があったため)

 

「駅舎亭」の背後に機関車と客車が展示されている。

このディーゼル機関車「DC12」は、開業当時から使われてきた

ドイツ・コッペル社製の蒸気機関車の下回りを流用し、

協三工業でディーゼル化改造をした、という珍品らしい。

 

 

 

 

沼尻鉄道が廃業した後、個人で保管されていたものを、

町で保存展示することになり、協三工業で修理されたとのこと。

 

銀色のパイプが本来の位置ではない所に付いている。

 

 

 

 

銘板を接写。

形式 DC12

製造番号 12069

昭和28年8月 製造

 

 

 

 

ピカピカに磨かれた日本硫黄の社章が誇らしげだ。

「S」は硫黄の元素記号のことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

運転席には簡素な椅子が一つ。

ペダルが二つ。アクセルとクラッチかな?

その他、レバー類がやたらと多い。

速度計は50km/hが最高速になっていた。

床には木製の天井から剥離した塗料片が散らばる。

 

 

 

運転士の目には、どんな光景が映っていたのだろうか。

 

暖房なんてあったのかな?

 

 

 

 

 

客車との連結部分を拡大。

現在の連結器と比べると非常にシンプルな構造だ。

 

 

 

 

 

 

さて、客車を観察。

現在、2両の客車が展示されているが、

DC12 + ボサハ12 + ボサハ13 らしい。

この車体には「ボサハ12」と書いてあるが、

それは誤記で実際はボサハ13とのこと。

 

 

 

マニアのフリをして、台車なんぞを撮ってみる。

車輪、小さいなー。

 

昭和3年(1928)頃、丸山車両で製造され、栗原電鉄で使用。

昭和30年(1955)の改軌に伴い、不要になった客車を

日本硫黄が譲り受けたもの、とのこと。

なんと、80年も前の車両であった・・・。

 

昇降口のドア。

腐食が進み、大きな穴が開いてしまっている。

きれいに塗装されているが、木製の車体ゆえ、

よく見ると各所が傷んでいるのが判る。

今は屋根があるけど、以前は雨ざらしだったからな。

 

 

 

専門用語で「サボ」という行先票。

外側に張られた鋼板は栗原電鉄での改造、とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

定員は50人。2両で100人。

最盛期のスキーシーズンには、それでも積み残しが発生して増便した、

というから大した繁盛ぶりである。

 

 

 

 

 

 

 

以前は「触らないでください」とあったような気がするが、

今では階段が設置され、乗れるようになっている。

随分変わったものである。

 

 

 

 

 

 

 

ボサハ13の内部の様子。

床から突き出ているクランク棒はハンドブレーキである。

これは、オープンデッキだったものを栗原電鉄が改造して

クローズドデッキにした名残りらしい。

 

壁も天井も板張りである。

 

 

座面はモケット張りで、新しいのかフカフカであった。

一方、背中は板張りのまま、という豪胆さ。

吊り革は再現しなかったのかな?

こう言う仕様なのかな?

 

 

 

 

サンシェードは木製の鎧戸である。

下方に落とす形で開き、途中で止めることも可能。

窓も同様の形式で開けることができる。

ちょっと感動した。

 

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