道具の話2・WENGERのツールナイフ-2              2012.05        [TOP]  [物欲]

 

     

   

ソルジャー

  @   VICTORINOX   58mm   クラシック 赤        全てのツールを出した状態
  A   WENGER   85mm   ハイカー        
  B   VICTORINOX   91mm   トラベラーPD        
  C   VICTORINOX   93mm   ソルジャー        
  D   VICTORINOX   111mm   センチュリオンNL BK        
                       

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  年中持ち歩いてなんやかんやと使っていたため、プラスチック製のハンドルはすぐに傷だらけになった。
  各ツールも使う頻度に比例して傷が増えた。
  コンクリの床に落としてしまい、ハンドルの一部が欠けたりしたが、それでも構わずに使い続けていた。
   
  そんなある日、ハサミが壊れた。 正確に言うと「壊した」。
  支点を調整しようとしたら元に戻らなくなり、ガタガタになってしまったのだ。
  「やっちまったー・・・」とヘコんだが、素直に修理に出すことにした。
  買ったショップに持ち込む。
  私 「これ、修理お願いします」
  店 「え〜と、今までは日本で修理してたんですが、代理店が無くなりまして」
  私 「えっ?」 (日本シーベルヘグナーが撤退したのか・・・)
  店 「製造元に送って修理することになったんですよ」
  私 「製造元って、、、もしかしてスイスですか?」
  店 「はい、スイスです・・・」
  私 「・・・・」
   
  修理代は部品・工賃含めて無料、スイスまでの輸送費も無料、とのことなので修理を依頼。
  戻ってくるのはいつになるか不明とのことであった・・・。
   
  「あるのが普通」だったものがいざなくってみると喪失感が大きい。
  同じものを買ったのでは修理に出した意味がないし、手持ちの安物じゃ穴は埋められない。
  しかしその割りに当時の記憶が薄いのは、おそらく「ない」ことに慣れてしまったのだろう。
  修理完了の連絡が来たのは、ショップに持ち込んでから半年も経った頃だった。
  受け取りの際、ちょっとだけ店員と揉めた。
  有償修理である、と言い出したのだ。 受け付けた時とは別の店員である。
  「無償と聞いたから依頼した。有償になる場合は見積もり金額を連絡するよう言っておいたはず」
  と言うと一旦バックルームへ引っ込んで行った。
  しばらくして戻って来ると「無料でした」と言う。しかし続けて「送料だけでいいです」と仰せだ。
  「送料も無料になると聞いたが」と言うとまた奥へ引っ込み、すぐに戻って来て「無料です」となった。
  奥でどんな会話があったのか、伝票チェックか端末操作があったのか知るべくもないが、
  なんだか自分がクレーマー扱いされたようで不愉快であった。
   
  さて、6ヶ月掛けて地球を一周してきた小さなツールナイフ。
  それはなぜかピッカピカになって帰って来た。
  「まさか新品と交換か?」と驚いたが、ブレードには見覚えのある傷がそのまま残っていた。
  つまり傷だらけになり、一部は欠け、ひびも入ったプラ製ハンドル「だけ」が新品に交換されていたのだ。
  そこまでやってくれたのに、ようじとピンセットはそのままだったことにはちょっと笑った。
  ちなみに、ブレードが噛むのを避けるために外しておいた短いチェーンも新しいのが付けられていた。
  (現行品ではチェーン自体が廃止されている。)
   
  帰還したハイカーは再び私の腰のケースに収まり、一緒に山やら藪やらに突入する日々が再開した。
  ピカピカのハンドルは、また傷だらけになっていった。

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  そんな何でもない日常を送っていたさなか、2011年3月11日を向かえた。
    東日本大震災
  私はケガをすることもなく、家を流されることもなく、無事であった。
  だから幸いなことにツールナイフが大活躍するような状況にはならなかった。
   
  しかし、深夜だろうが早朝だろうが無関係に大きな余震が発生し、その度に極度の緊張を強いられる生活が続いた。
  いつ屋根に押し潰されるか、屋外に放り出されるか、と不安が消えることはなかった。
  原発もまだどっちに転ぶか分からない状況だったので、突然夜中に叩き起こされ、大型バスに押し込められ、見知らぬ町に連れて行かれる、
  なんて妄想も、笑い話ではない現実的なものとして感じていた。
  かつて経験したことのない強烈なストレスが掛かる中、私はハイカーを握り締めて寝ていた。
  「この道具で倒壊した家の下から自力で脱出するのだ!」という非現実的な理由と、「守り刀」として厄払い効果を期待してのことであった。
  どちらも他人からはバカらしく見えるだろうが、ないよりは安眠できたような気がする。
  布団に入ってから眠るのまでの間、ハイカーはストレス発散の対象にもなった。
  プラスチック製のハンドルを爪でガリガリと引っ掻いていたのだ。
  そんな夜が一ヶ月ほど続いただろうか。
  おかげで軽度にボロだったハイカーは、重度のボロボロになってしまった。
   
  ハイカーを握り締めて寝ることもなくなった数ヵ月後、可哀想な姿になったハイカーをきれいにしてやることにした。
  サンドペーパーで傷を削り、表面を磨いてピカピカにしてやった。 下手くそなりにブレードも研いでやった。
  ハイカーはまた元のような姿に戻った。
  しかし、その姿はあまり長続きしなかった。
  震災から一年が経過して3月が近づくにつれて、またあの抗いようのないストレスがフラッシュバックしてきたのだった。
  ハイカーはまたしても傷だらけになっていった。
 

つづく

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