三井鉱山湯本炭鉱専用鉄道1 いわき市湯本) 2005.08 2007.01修正 [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]

 

  大正2年(1913) 三星炭鉱が藤原坑にて採炭開始
  大正6年(1917) 三星炭鉱が敷設。軌間1067mm 延長6.62km 国鉄が運転管理していた
  大正7年(1918) 大日本炭鉱が採掘権取得
  大正14年(1925)  三井鉱山が採掘権取得
  昭和5年(1930) 出水により操業停止。そのまま閉山
  昭和8年(1933) 廃線 (実働期間が16年と短かったため、地形図には掲載されなかった模様)
    跡地は入山採炭が買収 (S19に磐城炭鉱と合併して常磐炭鉱に)
     
  昭和41年(1966) 常磐炭鉱系列の常磐興産が鉱山跡に「常磐ハワイアンセンター」をオープン
  平成2年(1990) 「スパリゾート ハワイアンズ」に改名
  平成18年(2006) 映画「フラガール」が公開。大ヒットとなる
     
   

出典 小宅幸一著 「常磐地方の鉱山鉄道」

石炭産業の衰退後は「常磐ハワイアンセンター」として

地域経済を支えた藤原坑。

炭鉱労働者の妻や娘がダンサーとして観客の前で踊った。

 

 

軌道は湯長谷藩士の屋敷があった台地を抜けて、

常磐線・湯本駅の南側に接続していた。

 

画面を斜めに横切っているのが常磐線。

左上に見えるのが湯本駅である。

本線との接続部分は宅地化しているようだが、

他の部分は車道化されて、ほぼ残存している。

 

常磐線から東に分岐しているのは常磐炭鉱・鹿島線で

水田の中に綺麗な築堤が残っているのが見える。

   

 

 


[A地点]

踏切りのすぐ西側から南を見ると、

奥へ伸びる砂利道が見える。

生活道にしか見えないが、これが軌道跡である。

この奥では軌道上に民家が建っており、

追跡は不能になる。

 

[B地点]

暫くはK56に沿って南下するが、ここで県道と交差する。

この画像は振り返って駅側(北)を見たもの。

軌道上に建てられた家だけが他と向きが違うので、

すぐにそれと判る。

 

 

同地点から南側を見る。

金毘羅宮こと諏訪神社の参道を横断して

右奥に伸びる細道が軌道跡である。

更に南下する。

 

 

 

 

軌道は、県道の一段上を平行して通っていた。

一車線しかないが、結構交通量があるようだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

徐々に県道から離れ、民家の中を進んで行くと、

やがて浄水場の前を通る。

門には「志座配水場」とあった。

ここから先の軌道跡の地下には上水道の配水管が

埋められているようだ。

 

 

民家の前をかすめて抜けると・・・。

 

 

 

 

 

 

 

やがて宅地から畑地に変わる。

作業道として使われているようだ。

 

前方に大きな構造物が見える。

 

 

 

 

 

 

湯長谷川を渡る直前で築堤になり、

ここに橋が架けられていたようだ。

 

 

 

 

 

しかし橋は既に撤去され、

代わりに水道橋が通っていた。

 

小野川林鉄も上水路になっていたなあ)

 

 

 

 

水道橋の基部を観察すると、

コンクリートの塊りが見えるが、

これはかつての橋台であろうか?

湯長谷川橋梁とでもしておくか。

 

ゆながやがわきょうりょう、
ゆながやがわきょうりょう、
ゆながやがわきょうりょう。

 

対岸に渡る。

築堤状の軌道跡はなぜか舗装されていた。

その舗装もすぐに途切れ、車道を横断する。

 

 

 

 

 

車道を横断した後、細々と軌道跡が続く。

足元には赤錆びた配水管が転がっていた。

奥で車道に合流しているように見える。

 

 

 

 

 

奥に見えた車道は坂を上って行く。

軌道ではあり得ない勾配だ。

軌道は車道に合流せず、左奥の暗がりに

伸びていたようだ。

そこで思わぬ発見をする。

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