河内川森林鉄道2 (天栄村)   2007.04        [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]

 

・緑線は車道

・赤線は探索済み

・ピンクは推定

     

現在の土場跡の様子。

奥に見える体育館の所に貯木倉庫があり、

左の「高齢者コミュニティーセンター」の所には

営林署の事業所があった。

どちらも新しい建物なので、「トワ6」取材の頃とは

だいぶ変わっているであろう。

 

同所から振り返る。

左にテニスコート、その奥にはゲートボール場がある。

三角屋根の施設は体験学習用(?)の炭焼きの窯で、

こんな所に営林事業の名残りを見て嬉しくなる。

その窯の裏から軌道跡の探索が始まる。

 

 

              

軌道はテニスコートの中を通っていたと思われるが、

道床が見られるようになるのはここからだ。

と言っても、枕木が並んでいる訳でもなく、

除草された道が奥へと続いているだけである。

 

 

 

 

林の中に入ると軌道跡らしくなってくる。

日常的に人の往来があるようだ。

 

 

 

 

 

 

林を抜けると畑のある平場に出る。

奥に下河内の集落が見えてくる。

 

 

 

 

 

 

畑や休耕地の間を縫って低い築堤が伸びる。

奥にうっすらと見えるのは二岐山。

 

 

 

 

 

 

やがて軌道跡は藪の中に突入してしまうが、

笹に覆われた築堤が確認できる。

石垣などは見られない。

 

 

 

 

 

藪を抜ける。

奥に見える下河内集落の住人が里に下る際や、

湯治客が二岐温泉に行く際には、

軌道上を歩いていた、との話を伺えた。

当時、河内林道はまだ開通しておらず、

畦道のような細道があるだけだったとのこと。

 

 

しかし、歩行者をトロッコに乗せて運ぶことは

一切なかったと言う。

これは成井農林が経営していた時期の話だが、

他の官営林鉄では、もっとアバウトだった。

いや、むしろ積極的に人や生活物資を運んでいたはずだ。

 

凹状になった軌道跡を進む。

 

よく見ると路面には木片が並んでいる。

この林ではシイタケを栽培してるようだったので、

古いホダ木のようにも見えるのだが、

ここは素直に枕木であると思いたい。

 

 

 

 

軌道跡は再び藪道になってしまう。

築堤部分だけが笹に覆われているため、

緑の帯状に伸びている。

 

 

 

 

 

笹が密生した築堤上は歩けないので、

すぐ脇の樹林帯から観察する。

現在は使われていないようだが、

築堤を横断する細い水路を見つけた。

両側が石垣で補強されている。

 

 

 

笹薮エリアを脱出。

窪地が軌道跡である。

 

 

 

 

 

 

広い耕地の中を真っ直ぐ進む築堤。

今にも向こうからトロッコが走って来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ築堤を振り返り撮影。

そう言えば当初は牛が曳いていたんだった。

なんとものどかな光景である。

 

 

 

 

 

しかし、すぐ先で築堤は切断されていた。

道床は耕されて畑になっている。

正式に成井農林から土地を購入したのだろうか。

 

 

 

 

 

迂回して進んでみたものの、

耕地や民家に転用された所が多くなり、

軌道跡の特定が難しくなる。

 

 

 

 

その先も断続的に軌道跡が見られるが、

何度も迂回を強いられることになる。

適当な所で切り上げ、左に見える河内林道を通って

ずっと上流部まで迂回するしかない。

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