玉ノ井林用軌道3 (大玉村)   2005.08        [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]

 

[大玉村中心地]

 

オレンジのルートがS32の地形図に描かれた軌道なのだが、

いくら探しても発見に至らず。

現地の状況を鑑みて、赤のルートを当サイト公認ルートとした。

 

 


ハンディGPSなんぞ持ってないので、地図と勘で消えた軌道跡を探す。

この太めの作業道が軌道跡であろう。

振り返れば広大な水田が広がっており、軌道の痕跡は全く消えている。

 

(左をよく見りゃタラの芽畑。 初めて見た。
スーパーとかで売ってるヤツはこういう風に栽培されているんだね)

 

 

 

[D地点]

軌道跡は一定の幅員のまま西へ伸びており、

ここからは舗装道に変わる。

 

 

 

 

宅地や農地の間を進んで行く。

右は「織井の清水」、傍に「南町の大ケヤキ」がある。

ややクランク気味の交差点を過ぎると・・・。

 

 

 

 

奥にやや深めの切り通しが現れる。

やっぱり、これ、軌道跡に間違いないでしょう!

 

 

 

 

 

              

緩いカーブを描きながら、切り通しを通過して行く。

レールの姿が目に見えるようだ。

徒歩だけでなく、クルマでも往復してみたが、ワクワク、ドキドキしたなあ。

だって、狭いし、カーブだし、先が見えないし。

 

法面は石垣ではなく、土のままだった。

 

 

切り通しを抜けた後は直線が続く。

鉄道らしく、潔いまでの一車線である。

「夏の田舎道」といったら、こんなイメージだろうか。

 

ちなみに、離合箇所は全くない。

 

 

 

 

 

ここから再び舗装道になるが、直線はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

舗装道を進んで行くと、交差点に出る。

記憶にある場所だなーと思ったら、「馬場桜」のある交差点だった。

画面左側にその桜がある。

県内では有名な桜で、訪れたことがある方も多いと思う。

この脇を軌道が通っていたとは思わなんだ。

 

 

上図正面の細道に入る。

作業道、あるいは裏道として、なんとか管理はされている模様。

 

(追記) [2016.03]

ここではなく、上図で左へ進む車道が軌道跡かも知れない。(後述)

 

 

 

 

 

ちょっと、この辺りは曖昧。

奥を左へ進む。

 

 

 

 

 

舗装された細道になる。

徐々に宅地化が進んでいるようだ。

 

 

 

 

 

 

この辺りの道路は周囲より一段低く、浅い堀割り状になっている。

この自然石の擁壁は軌道時代の遺構だろうか。

 

 

 

 

 

 

[E地点]

その先は怪しい分岐になっていた。

いったいどっちなんだ?

右に進むと水田で途切れる。

左だとすると、車との併用軌道ということになる。

 

 

右でも左でも、いずれは合流することになる。

この築堤状の車道は軌道を拡幅したもののようだ。

古い民家があるので併用軌道だったのかも知れない。

(追記) [2016.03]

航空写真を見ると、左の民家には引き込み線があったように見える。

お買い物用にトロッコを利用していたのかも知れない。

他の林鉄ではそのような事例が珍しくなかった。

 


     
追記 [2016.03]  

国土地理院より転載・加工

 
昭和46年(1971)   平成26年(2014)
 
  古い航空写真を見たところ、軌道は街の外側に沿っていたようにも思えてきた。
  住宅地を避けて通る、確かに合理的なライン取りである。
   
  では、私が現地で軌道跡だと考えた、黄色のルートは何であろうか?
  古道だろうか? それとも換線された過去でもあったのだろうか?
  だとすると、どちらが旧線で、どちらが新規線なのだろうか?
   
  どちらにしても、旧版地形図に描かれたルートとは大きく異なる。
  この区間のルートには謎が多い・・・。
   

   ←前へもどる      次へ進む→

      [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]