束松峠・昭和新道 東側・現地調査編3   2004.09     [TOP] [寄り道] [廃道Web]

 

数日後、再訪。

電線直下のへアピンがこの地点であろう。

広場に駐車し、ここからは徒歩にて探索だ。

 

 

 

 

 

身支度を整えていざ、進入。

軽自動車一台分ほどの幅員がある。

下草がほとんどなく歩き易い。

すぐに左カーブになる。

 

 

 

                     

このカーブは凄まじいヘアピンであった。

軽自動車でも一度で曲がりきれまい。

それでも古い轍が付いているので、

以前は車の通行があったのであろう。

 

 

 

 

急なヘアピンを過ぎると視界が開け、

眼下に砂防ダム工事現場が見られる。

 

 

 

 

 

 

しばらく進むと分岐がある。

いや。よく見ると交差点であった。

地図には載ってない・・・。

右は笹薮が濃いので見なかった事にし、

左に進む。

分岐なんてなかった、分岐なんてなかった。

 

 

「戦後に開通した新道」

そんな言葉から想像していた「車道」とは

かけ離れた状況が目の前にある。

これでは林道ですらない。

作業道レベルではないか。

白看どころか、ガードレールも期待できない。

 

 

1/4ほど路肩が崩落している。

比較的新しいので会津豪雨の影響だろうか。

この程度の障害で道が峠まで続いてくれれるのなら、

うん、行ける。

 

 

 

 

「意外と楽勝かも」

そんな期待はすぐに裏切られた。

前方を塞ぐ土砂と倒木。地滑り発生地点だ。

しかも木々の葉がまだ緑色をしている。

つい最近崩れたらしい。

行けるのか・・・。

 

 

幸い、土砂の上面は平坦であったので、

楽に越える事ができた。

体重を載せることに不安はなかったが、

あまり気分の良い箇所ではない。

サッサと通り過ぎる。

(足元ばかり見ていて崩落面を見てない、撮ってない・・・)

 

 

崩落地点から先は、急に狭くなる。

幅員50cm。本当に車道だったのだろうか。

岩盤が露出した沢と、そこに架かる「丸太橋」。

「丸太」といってもすりこぎ棒二本である。

足、載せられません。

 

 

 

やがて幅員は1/2車線にまで復活する。

沢に流され道路が切断されている。

しかも路面はドロドロだ。

ここは慎重に通過した。

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