猪苗代第一発電所工事軌道 (磐梯町)  2005.11    [TOP]  [寄り道]  [廃線Web]  [工事軌道TOP]

 

 <第一発電所専用鉄道2>

 

 

 

 

 

 

「猪苗代第一発電所」のレポートはこちら

 

 

 

第一発電所対岸の荷卸場まで運ばれた巨大な鉄管を

どのようにして膳棚山の山頂近くまで揚げたのだろうか。

その方法について「土木学会誌」は触れていない。

ただ、当時の図面が添付されているのみだ。

日橋川を「橋で」渡った後、

60馬力巻揚機にて下部軌道を昇り、

さらに上、急斜面の上部軌道35馬力巻揚機にて昇っていった。

どうやら、索道ではなくインクラインが存在したらしいのだ。

 

 

 

「対岸の荷卸場」まで戻る。

ここに分岐があるのは夏場から判っていたのだが、

藪が酷くて入れなかったのだ。

今の時期なら入れる。

 

 

 

 

最近まで車が入っていたようで、

舗装は比較的状態が良い。

緩やかな坂を上ってゆく。

 

 

 

 

 

 

              

短い坂を上ると、広場に出る。

舗装道がアクセスしていることから

何か建物があったとも思われるが、

それ以前の状態を想像するに、

ここがインクラインの起点なのではないか、

と考えた。

右端に発電所の屋根がチラリと写っている。

 

広場左側の高い法面には、

上部と下部にそれぞれ古い石垣が見られる。

今は藪に覆われているこの広場の「由緒」を物語る。

 

 

 

 

 

その広場を軌道跡から見る。

ここから上段へ、どうやって荷物を上げたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

藪に覆われた広場を発電所側に進むと、

さらに上段に広場が現れる。

しかし藪が深く、濃くなりこれ以上進めない。

変わった形の電柱が印象的だ。

 

 

 

 

上画像の辺りを軌道跡から見る。

上の石垣は歩道のようで、手摺りが見られる。

現在では全く使われてないようだが、

いったい何の遺構であろうか?

 

この石垣の更に上がインクライン跡のようだ。

 

 

 

 

先ほどの電柱を、川の対岸から望む。

図面には、ここに「橋」が描かれている。

河床からだいぶ高い位置に架かっていたようだが、

どんな橋だったのだろうか。

 

 

 

 

いくら探しても下部軌道の痕跡は

見つけられなかった。

左側の平場に60馬力巻揚機があった。

正面の急坂を上部軌道が昇っていたのだが、

今となっては想像するしかない。

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